
本日2月21日(土)の13時から東京・有楽町朝日ホールにて、
12月5日に逝去された加藤周一さんのお別れの会が開かれました。
気温は少し肌寒いながらも、快晴。
ホールは満席で、ロビーにもおおぜいの人が列席され、
モニターが数台設置されていました。


黙祷のあと、実行委員長の山口昭男・岩波書店社長の挨拶。
続いて、大江健三郎さん、水村美苗さん、吉田秀和さんが、
弔辞を述べられました(鶴見俊輔さんは代読)。
『日本文学史序説』を読み返していらっしゃるという大江さんは、
留学時代の森鴎外がナウマンに反論した話を引いて、
「相手を完全に理解せよ、そして自分の弱点を見抜け」
という加藤さんの言葉を、若い人へのメッセージとして紹介されました。

「知識人としての仕事をまっとうされた」と語られた水村さんは、
弔辞を読むという行為には、「いい人だった」などという、
「記憶の操作」がつい入り込んでしまいがちだが、
加藤さんは記憶の操作を必要としない、稀有な作家だった、
そして生きていること自体が祝祭だという雰囲気があった、
と明晰な声で話されました。
吉田さんは、遺影に一礼したのち列席者に向かって話され、
「複合的な要素を極度に集約して語る」加藤さんの知性を指摘。
そして、その姿はヴォルテールを連想させたと述べられました。
鶴見さんは、加藤さんと話すたびに「心棒」を感じたと、
「9条の会」のエピソードを中心とした弔辞でした。
そのあと、内外の6名の方々による追悼メッセージが読まれました。
■旧制一高以来の友人で、
東京工業大学原子炉工学研究所教授をつとめられた、
垣花秀武さん。
■ベルリン自由大学で加藤さんとの交流を深められた、
『私小説 自己暴露の儀式』の著者、
イルメラ・日地谷・キルシュネライトさん。
■フランスの詩人・評論家で、
在日フランス大使館の文化参事官もつとめられた、
アラン・ジュフロワさん。
■加藤さんが留学から帰国される際に、
日本への留学のため同じ船に乗船されたという、
社会学者のロナルド・ドーアさん。
■第2次世界大戦中に知り合い、
「初めて『日本は敗戦する』と明言する人に出会った」
という、社会学者の日高六郎さん。
■『日本文学史序説』の中国語版翻訳者、葉渭渠さん。
そして最後に喪主・矢島翠さんからの挨拶があり、
「列席された方々の視線、弔辞を述べられた方々の言葉が交差して、
新しい加藤が現れてくるように思います」と語られました。
「お別れの会」はその後、メシアンやシューマン、
フォーレの曲が流れるなか献花に移り、その列は延々と続きました。
実行委員会の人に聞いたところ、約1000人が列席されたとのこと。


今日の天気に似て、さわやかなお別れの会でした。
あらためて加藤周一さんのご冥福をお祈りいたします。